うみべのあそび

可能性がひろがる美術館(砂浜美術館・前編)

【砂浜美術館のこと】

うみべの町の美術館は、砂浜にある。

文字を見れば、何もおかしいことはない。

「海」に「砂浜」。
結びつきのとても強い言葉だと思う。

でも、「美術館」と聞いたとき、
私たちの頭に浮かぶのは
例えば無機質な白い建物で、
作品の品質を保つために
少しひんやりとしていて、
なんだか洗練された場所では
ないだろうか。

だから、「海」に「砂浜」まではいいけれど、
そこに「美術館」という言葉が
入ってきてしまうと違和感を覚える。

そんな違和感を
「ものの見方を変えてみる」という手法で
がらっと変えたのが
このうみべの町の「砂浜美術館」だ。

「砂浜美術館」(入野海岸)

舞台は、暑い暑い高知の砂浜。
5月になれば日差しは夏のように強く、
1日屋外で遊べば
すぐに小麦色の身体が完成する。
そんな南国の地。

そんな場所に
砂浜美術館という
「考え方を提案する場」ができたのは
1989年6月のこと。

それまで、うみべの町でも
全国のどことも同じように
数々のイベントをこなしていたけれど、
どれもイベントが終われば、そこで終わり。
一過性で終わっていく。

田舎の町の職員たちは
ジレンマを感じていた。


そんな時、当時町役場の職員であった
現・町長らがたまたま仕事で訪れた
梅原デザイン事務所で
「Tシャツアート展という企画がある」と
話を持ち掛けられる。

聞けば、Tシャツに作品をプリントして、
海に風景を作るという企画らしい。

なんだか面白そうだが、
また一過性のイベントで
終わってしまうのではないか・・・。

そうならないためには、
きちっとした考えがいる。

そんな時、写真好きの元職員が
砂浜に当たり前にある風景を撮影していて、

「Tシャツだけでなく、
この風景も作品になる」
そう考えることができた。

そこから砂浜美術館は始まる。

海辺の松原、浜を散歩するシロチドリ、
夏に生まれるウミガメ、秋のラッキョウの花。
すべてが砂浜美術館の作品。

そして、Tシャツアート展は
ただの「イベント」ではなく、
砂浜美術館という
考え方を伝えるための手段として
開催されるようになった。

2003年に
「NPO砂浜美術館」として法人化された
同団体の理事長を務める
村上健太郎さん(45)は、
2002年11月、
「潮風のキルト展」(※1)の
ボランティアスタッフとして
初めて黒潮町を訪れる。

元々はサラリーマンをしていた村上さんだけど
自然の美しさ、おもしろさ、
そして怖い面も含めて
人に伝えたいという思いを抱いていた。
でも、伝えたい自然は屋久島や知床のような
「圧倒的な大自然」ではない。

そこで出会ったのが「砂浜美術館」。
聞いたこともない町の砂浜で
「考え方」を伝えようとしている。
村上さんは興味を持った。

村上さんが砂浜美術館の職員になって
もう20年が経過しようとしている。

「入った頃と変わったことは?」
という問いに対して、
村上さんはこう答える。

「「すなび(砂美)」と言ってくれる人が
増えました。
そう言ってくれる人たちの意味は
人それぞれだと思いますけど。
期待感だったり、親しみがこもっていたり。
自分の砂浜として誇りを持って
砂美、砂美と言ってくれている人も
いると思います」

それは20年、30年と砂浜美術館を開館し続け
考え方を伝えてきたからだろう。

30名の職員とともに
NPO砂浜美術館を運営する村上理事長

でも、変わらないこともある。

「やりたいことをやったらえいやんか」

先輩たちが築いてきた「自由な感じ」は
今も変わらないという。
一人のアイデアや空想が
形になっていくおもしろさがここにはある。

そして今、
「自由な感じ」は違う意味でも生まれている。

始まったころは、「組織」という概念もなく
いえば本当に自由に活動していた。

でも、今はNPOという「組織」として
運営していく部分もあって、
自由さと、組織としてやっていく部分と、
その両輪でまわしていかなければいけない。

ある意味、
自由じゃなくなっているのかもしれない。

でも、砂浜美術館があることで、
そこに人が集まってきて、
ここに移り住んで来る人もいて、
砂美で働く職員は給料をもらって、
法人化されて。
観光、公園管理、スポーツ、映像など、
分野もさまざま。

そういうモデルはどこの町にもなかったから、
ある意味、それも「自由」なのかもしれない。

それも含めて、継続していく面白さがあると
村上さんは話す。

だからこそ、
その枠や幅を狭めたらいけないとも。

20年前にひとり、
名も知らないうみべの町にやってきて、
今では家族も増えた村上さんにとって
「砂浜美術館」は
「可能性を広げていける場所」。

この町で暮らしていく中での
楽しみであったり、
働く場としてであったり、
それぞれの人の可能性を
広げていける場でありたい。

それは地域の人にとっても、
町外から来てくれる
Tボラ(※2)の人たちにとっても、
砂浜美術館の職員にとっても。

仕事の相談をする砂美・観光部の2人

いろんな人に出会える場所。
いろんな考え方に触れられる場所。

次の30年は、
どんな可能性が広がっているだろうか。

※1 NPO砂浜美術館が主催し、毎年11月に開催されるイベント。全国から公募でキルト作品を集め、砂浜美術館の入野松原に展示するもの。

※2  Tシャツアート展のボランティアスタッフ。毎年Tシャツアート展の準備から撤収作業までをこのTボラのスタッフたちとともに行っている。今年はすでに募集が終了している。

「第34回Tシャツアート展」
会期 5月1日~5月5日 9:00~17:00
会場 砂浜美術館(入野の浜)
協力金 300円

会期中は、着なくなった白いコットン製のTシャツを回収する企画も。
回収されたTシャツは、サーキュラーコットンペーパーという紙となり循環される仕組み。今年からNPO砂浜美術館が新たに始める環境や未来のことを考えた取組。

イベント等詳細は同館HPから
http://www.sunabi.com/works-art/34th-t-shirt-art-info/

村上 健太郎さん(45)
2002年11月に「キルト展」のボランティアとして初めて黒潮町を訪れ、その1カ月後、神奈川県海老名市から黒潮町に移住し、NPO砂浜美術館の職員となる。現在理事長を務めて11年目。

text Lisa Okamoto

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