うみべのごはん

いちごの声を聞きながら。蜷川で思い描く「農」の暮らしを(後編)

2011年、4月。

憲司さん、さち子さんはいよいよ自分たちの農業を始めることに。

ただ、それから十数年、今にたどり着くまでにはさまざまな変遷があった。

独立当初、まだ蜷川地区では空いている畑が見つからず、別の地区に畑を借り、ニンニクやジャガイモ、スナップエンドウを育てていた2人だったが、蜷川地区でハウスを譲ってくれるというおじいちゃんに出会う。

「蜷川に住むがやったら、消防団にも入って、部落の集まりや地域内での役割など、積極的に顔を出した方が良いっていう話を聞いていて、それで自分も『そうだな』と思って、活動していたんですけど、地域で同じ役をしていたおじいちゃんがたまたまイチゴ農家さんで。『自分はもう辞めるけん、7畝のハウスをあげる』って言うてくれてね」(憲)

憲司さんがしみじみ、「ありがたかった」と振り返るそのハウスだが、さらにその横にあったイチゴを栽培する別のハウスの持ち主からも「使うたや」と声をかけてもらった。

その両方のハウスを譲り受け、オクラやスナップエンドウを育てていたものの、隣でイチゴ栽培をしているハウスを譲ってくれたおじいちゃんの様子を見ていたこと、譲り受けたハウスでは元々イチゴを作っていたことなどから、「イチゴがええんやない?」とさち子さんがポロッとこぼした。

それからイチゴ栽培が始まるが、現在12歳になる長男・祐樹くんが生まれ、子育ては初めて、移住もしたて、農業もイチゴ栽培も初心者という状況で、栽培の規模を大きくしていくもだんだんと疲れが溜まる日々だった。

「イチゴの収穫は冬から春、1月から5月の間。だから、その間で1年分の経費と生活費をあげないとって。その期間に集中して働かないといけないことがすごく大変なんだなっていうことを感じたんですよね」(憲)

その苦労を経験したことから、一度イチゴの栽培をやめることにし、一年中収入が安定していると言われるミョウガ栽培を始め、同時に、夏期に収穫ができるグリーンレモンの栽培を開始した。ただ、ミョウガの「声」が聞こえなかった。

「世話をしていてもどうしてあげたらいいのかがわからないこともあって。その時に、忘れさせてくれなかったのがイチゴ」(憲)

ミョウガ栽培をしているはずの畑から、毎年イチゴの芽が吹いてくる。以前の種が残っていたのだろう。一度やめたはずのイチゴが、2人にその存在を思い出させるかのように毎年、何度も何度も雑草のように生えてきていた。その姿がなんだか愛おしくて、どうしても抜くことができなかった。

そうしてミョウガ栽培をやめ、昨年からイチゴに戻ってきた2人。現在はイチゴ、グリーンレモン、サツマイモの3種を軸にしている。

今がシーズン真っ盛りのイチゴは、過去に栽培していた「さちのか」に加え、今年からは「おおきみ」という品種も新しく出荷を始めた。

「昨年はさちのか一本でやってたがやけど、同じ蜷川地区でおおきみの栽培をしている同世代の農家さんに誘われて、おおきみを始めたら、『すごいええな』って。『おおきみ部会』というのもあって、部会みんなで盛り上げていこうとしているのを知っていたし、その農家さんは蜷川消防団の仲間でもあるし、この人たちとやりたいなと思って」(憲)

そんな思いから始めたおおきみ。さちのかが昔から食べ慣れている「The イチゴ」といった酸味と甘味のバランスが良いイメージに比べて、おおきみはまろやかな酸味と、ふわっとした甘さが特徴的。今では幡多地区のブランドイチゴとして、県外でも高価格で取引され始めている。

2月、sugimoto farmの農園内ではイチゴが赤く実をつけていた
園内にはさちのかとおおきみの2品種が赤く育っている
収穫したイチゴ・さちのかをパック詰めする様子

波を求めて移住したその先で、全く新しい「農」を軸とした暮らしを始め、紆余曲折しながらやってきた。苦労も多かった。

でも、憲司さんが過去を振り返り、その経験から今感じていることは、「自己決定能力」の大切さ。

「誰かに言われたことをやっていると、自分で未来を開く一歩がすごく怖くなってくる。でも、『なんとかなるはず』と思って始めると、頭に描いていたイメージはある程度形になってくる。『こうなるだろう、なるはず』と思って、ちゃんと手足を動かしていけば、その形になるから」(憲)

そうして何度もイメージを繰り返し、自分たちが思い描く農業の形を追い求めてきた杉本夫妻。今、イチゴ栽培に立ち戻った2人は、とても生き生きとしている。

「私たちが作ったイチゴを食べて元気になったり、園に入って癒される。そんなパワースポットのような場所になれたらいいなと思っています」(さ)

イチゴの様子を見る憲司さん
栽培から収穫まで2人で力を合わせて行う

グリーンレモンの園では、腰掛けられるレモンの木もあるという。

作物との相性やなりたい未来を見極めながら変遷を続けてきたsugimoto farmの農園で、レモンの木にもたれ、未来の自分を見てみたい、考えてみたい。その前に、まずは春のイチゴをいただこう。

赤く実ったsugimoto farmのイチゴたち

sugimoto farm(高知県幡多郡黒潮町蜷川2079)
黒潮町蜷川地区の農家・杉本さんご夫妻が経営。2011年に就農し、現在はイチゴ、グリーンレモン、サツマイモを栽培し出荷している。町内道の駅やオンライン、直売所での購入ができるほか、町内外の飲食店などでもsugimoto farmの作物を使用した料理やお菓子に出会えることも。

text Lisa Okamoto

-うみべのごはん