うみべのごはん

いちごの声を聞きながら。蜷川で思い描く「農」の暮らしを(前編)

「やっぱり、作物でも『相性』ってあると思うんですよ。ミョウガを栽培している時には、好きだけど自分たちには声が聞こえなかった。不思議なんですよね。イチゴに戻って、『こうやったらええやろうか』なんて考えながら世話をしていたら、やっぱり返ってくる。声が返ってくる」

黒潮町蜷川地区で農家として働く杉本憲司さん(46)・さち子さん(41)ご夫妻は、息子の祐樹くん(12)、浩輔くんと(9)と4人家族。イチゴ・レモン・サツマイモを栽培し、「sugimoto farm(スギモトファーム)」の名で町内外へ出荷している。

農家としての杉本さんを紐解く前に、まずは移住者としての杉本さんのお話を。

イチゴの収穫の合間に笑顔で話す憲司さん(右)とさち子さん(左)
長男・祐樹くんと次男・浩輔くん

高知市出身の憲司さんと新潟県出身のさち子さん。黒潮町との出会いは、まだ2人が出会っていない頃、憲司さんが19歳の時だった。

スケートボードを趣味として楽しんでいた憲司さんは、サーフィンにも興味を持ち始め、当時アルバイトをしていた勤務先の先輩ロングボーダーに連れられ、初めて入野の浜を訪れる。

「高知市内の方の海は、堤防があったり、浜も玉砂利だったり。よくイメージする『ビーチ』みたいなのではなくて。初めて入野の浜に来た時に、感動してね。それから自分でも黒潮町にサーフィンをしに通い始めたんですよね」(憲)

その後、介護福祉士として神奈川県へ就職をした憲司さんだったけれど、「いつか黒潮町でサーフィンをしながら暮らしたい」という夢を抱き続けていた。

それから8年、30歳の頃、「そろそろ別の仕事をしよう」と考えていた時に、介護福祉士の経験から、食と関わる農業の仕事を選択することになる。

「介護福祉士の仕事をしよったら、結局人って、最後の最後まで『食べること』がすごく楽しみでね。だから、食に関係する仕事、食べ物を作ることを仕事にできたら面白いんじゃないかなって」(憲)

そう考えた憲司さんはいよいよ、「農業を生業にして海辺で暮らす」という新たな人生をスタートさせる。

まずは農家になるための研修を受けた憲司さん。その時、黒潮町出身の指導員に出会い、蜷川地区で文旦やミョウガを栽培する農家の元へアルバイト、そして本格的に研修をすることになった。

「『おらんとこで勉強をして、その間に独立するための段取りをしたらええ』って言うてくれてね。色々やらせてもろうて、かなり勉強になったなぁ。身体の動かし方とか」(憲)

そうして1年ほど農業を学んでいた憲司さん。この頃、さち子さんとの出会いはすぐそこまでやってきていた。

まだ農家として独立をする前、師匠の元で農業の研修をしながらも自由な時間もあった憲司さんは、久しぶりに神奈川の同僚の元を訪ねた。そこで出会ったのがさち子さんだった。

「神奈川の病院で働いていた頃、一緒に波乗りしよった子が病院を辞めるけん、会いにきてよって言ってくれて。自分も割と自由やったけん、それで神奈川にいる元同僚に会いに行ったら、『最近波乗り始めた子がおる』って言って。紹介してくれたのが、さち子さん」(憲)

そこから憲司さんの猛アピールは始まる。

黒潮町へ移住してまだ数年。周りには同世代の人も少なく、話し相手と言えば地域のおじいちゃん、おばあちゃんか、自然の植物、作物たちだけだった。そんな憲司さんにできた新しい話し相手、それがさち子さんだった。

「夜、酔っ払って電話して、『湘南は人がいっぱいおって、波乗りなんか全然できんやろ』『こっちはええ波、ザブンザブン来てるで』言うたり。同じ仕事の経験があるから、『介護はこういう気持ちでやった方がええで』って、なんちゃってアドバイスをして」(憲)

そうして一年、憲司さんの思いが届き、一度サーフィンをしにさち子さんが初めて高知県を訪れることになった。

憲司さんによるおもてなしは、まさにフルコースだったようで。

「そう、すごい色んな所に連れて行ってくれて。柏島(大月町)とか、足摺岬(土佐清水市)とか、宿毛でハンバーガーも食べたよね。今思えば、高知空港からそれだけの距離を1日でって、なかなか大変だけど、あの頃はそうしてくれたよね。あの時だけだけど(笑)」(さ)

極め付けは、地域のおんちゃん・おばちゃんたちとの宴会。地域ぐるみでさち子さんを囲い込んだ。

「夜は農家の師匠とか、蜷川地区の人たちとかと当時あったスナックに行って。『若い子が来た』『スギ(憲司さん)が女の人を連れてきた』って騒いで。沸いて、沸いて」(憲)

そんなおもてなしのおかげか、それからさち子さんとの交際が始まり、結婚し、晴れて2人ともに黒潮町民となった。

新潟県出身、黒潮町へ来る前は神奈川県に住んでいたさち子さん。高知・黒潮町は文化や暮らしぶりも全然違うように思うけれど・・・

「私、『新潟じゃなきゃだめ』とか、あんまりそういうのがないんですよね。だから、神奈川に行った時も抵抗がなかったし、意外と『移る』っていうことに対してそんなにマイナスには考えなかったかな。移住後、私も農家さんの元でアルバイトをさせてもらったんですけど、一緒に働いていた方に『賢かったらこんな田舎には絶対来ないね』と笑われたり」(さ)

さち子さんが初めて黒潮町に来て、地域の人にもてなされた時、移住をしてきておばちゃんたちとそんな笑い話をしている様子、どれもが黒潮町の良さを象徴しているようで、想像して笑みがこぼれてしまう。

2人はこの結婚を機に、いよいよ「sugimoto farm」としての独立に向け歩んでいく。

sugimoto farm
杉本憲司さん(右)・さち子さん(左)ご夫妻

-後編に続く-

sugimoto farm(高知県幡多郡黒潮町蜷川2079)
黒潮町蜷川地区の農家・杉本さんご夫妻が経営。2011年に就農し、現在はイチゴ、グリーンレモン、サツマイモを栽培し出荷している。町内道の駅やオンライン、直売所での購入ができるほか、町内外の飲食店などでもsugimoto farmの作物を使用した料理やお菓子に出会えることも。

text Lisa Okamoto

-うみべのごはん