黒潮町に帰ってきた吉田拓丸さん。
「この町でなければ、塩づくりは続けてこられなかった。
自然、太陽、海というこの町の環境的な理由はもちろんだけど、
よそ者が変なことをしているという目で見るよりも、
それよりも、あたたかい目で見てくれる。
海沿いの町の人ならではの人のおおらかさ、あたたかさがあったから」
そう話す拓丸さんは、
「この町が好き」、そうしっかりと言葉にする。
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「単純に、海はとっても好き。
山間部や都市部で生活することは想像できないし、というか嫌。
将来別荘を建てられるとしても、やっぱり海辺に建てる。」
「拓丸さんにとって、うみべのくらしとは?」という問いにも、
すぐにそう答えてくれた。
拓丸さんがめざしているものは、「海補給のスペシャリスト」。
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2つの面で海に関するスペシャリストでありたいと考えている。
ひとつは、「塩守り」としてのフィジカル面での海のスペシャリスト。
古代の海水のミネラルバランスと人の体液はとても酷似していて、
人は身体の中の海を正常に保たないと生きていけない。
だから、「塩を食べる」ということは、「海を補給する」ということ。
拓丸さんは、そのために塩作りを通して、身体的な海補給のお手伝いをしている。
もうひとつは、「ダイビングインストラクター」としての
メンタル面での海のスペシャリスト。
人は疲れを感じると「海に行きたい」という人が結構数いる。
それは、ただぼーっと海を眺めたいという人もいるだろうし、
読書をする人、サーフィンをする人もいる。
そのひとつとしてダイビングの機会を提供することで、
人の「心」に、精神的な海補給のお手伝いもしている。
そんな拓丸さんの思いは、未来へもつながっている。
息子・海丸(みまる)くんは、4月で4歳になる。
字を見てわかるとおり、息子にも、この町の、塩作りのストーリーをつなげた。
「息子にこの仕事を強要するつもりは全くない。
どっちかと言えば、僕の両親もそうだったように、他のことをしてほしいとも思う。
でも、かつて自分が思ったように、もしも親の仕事に興味を持った時、
物語に一本の筋がとおるようにしたかった。」
親はこの世に「拓丸」と「塩丸」を授けてくれた。
だったら、「丸」というその字を息子に。もしもその時がきたら。
海のように、大きく、やさしく育ってほしくて「海」の字をつけた。
今はちょこちょこ仕事場にも遊びに来て、
塩をまぜる真似をしてみたり、ちょっとなめて「おいしい」と言ったりもするそう。
海に入るのはまだちょっと怖いみたいだけど、
いつか大きくなって、
この町のうみべのくらしをどんな風に感じるのか、
ストーリーがつながったって、つながらなくたって、おもしろい気がする。
この季節は「土佐の塩丸」ができるまで、2カ月半。
一年で今が一番時間のかかる季節。
今日も凍てつくような冬の海。
満潮にあわせ朝5時から海水を汲み、ロマンチックに塩と向き合う。
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【天日塩ができるまで】
原料は、海水と太陽と風のみ。
1.満潮時に製塩所の目の前の海から海水を汲み上げる
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満潮の晴天の日に海水を汲む。
2.汲み上げた海水をやぐらの最上部からかけ流し、
これを繰り返すことで海水の水分を蒸発させ、
塩分濃度の高い鹹水(かんすい)(※)にする。
※製塩過程で濃縮した塩分濃度の高い水
3.鹹水をろ過し、結晶ハウスの棚に入れ、毎日攪拌(かくはん)作業を行うことで
一粒一粒にバランス良くミネラルが込められる
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4.夏場で1~2週間、冬場で1カ月ほどかけて結晶化していく
タイミングを見極め採塩
5.脱水をし塩と苦汁にわけ、
検品後、袋詰めをしてできあがり
〇天日塩ができあがるまでの期間
夏場:1カ月
冬場:2カ月~2カ月半
参考:(有)ソルティーブHP「天日海塩土佐の塩丸ができるまで」より
【「土佐の塩丸」】
高知県黒潮町は、全国でもめずらしく町内に5つの製塩所がある町。
その5つのうちのひとつ、
(有)ソルティーブは、拓丸さんの父・猛(たけし)さんが37年前に始めた製塩所です。
ソルティーブは、町内に2つの製塩所を構えます。
ひとつは、ファンの間で「初代塩丸」と呼ばれる天日塩を作る熊野浦地区の佐賀製塩所。
もうひとつは、「二代目塩丸」と呼ばれる天日塩を作る灘地区の灘製塩所。
「初代塩丸」と「二代目塩丸」の間には、手の入れ方による味の違いが生まれます。
いわゆる「初代」は、拓丸さんの父が築き上げた昔ながらのやり方で、
季節や環境、天候など、自然環境の影響をダイレクトに受けさせる作り方。
人間で例えるならば「放任主義」と言えるかな。
「二代目」は、父親に教わったやり方に
二代目・拓丸さんならではの方法やチャレンジを加え、
粒が大きいもの、小さいものを作ってみたりしている。
攪拌の回数で言えば、初代は1日に1回のみ。
2代目は、季節によって2~4回手を加える。
攪拌のタイミングも変えているため、日々の手の入れ方で味が変わる仕組み。
ソルティーブが提供する塩丸は、季節によっても味が変わる。
春、夏、秋、冬。
それぞれの塩にファンがいるんです。
また、ソルティーブでは、天日塩作りの体験も可能。
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青丸はやや細かめ、白丸は粗粒
体験では、塩の攪拌作業や異物取り、
また、「塩エステ」も体験でき、肌につけるとすべすべになったような気がする。
そこに、拓丸さんによるロマンチックな解説と
お母さんのあたたかいおしゃべり。
誰もがきっと虜になるはず。
もちろん、天日塩のお土産もついてきますよ。
ソルティーブや「土佐の塩丸」、体験等、詳細については
以下よりご覧いただけます。
公式「土佐の塩丸」https://siomaru.com/
吉田拓丸さん(39歳)
(有)ソルティーブ・2代目塩守り。大阪府で生まれ、3歳から黒潮町に移り住み、家業であった「天日塩作り」の仕事を13年前に継ぐ。毎年春~夏のシーズンになると、週に数回、大月町でダイビングインストラクターの仕事もする。
text:Lisa Okamoto