うみべのあそび

館長を愛し、館長から学ぶ「人と自然のつきあい方」(前編)

私たちの町には、「クジラが館長だ」という美術館がある。
「クジラが館長?はて、どういうことだろう?」と思うのが一般的な流れだと思う。

黒潮町では、1989年から漁師によるホエールウォッチングがスタートし、2003年からはNPO砂浜美術館がこのウォッチング事業を運営してきた。「クジラに逢える町」と謳い、美しい砂浜を美術館に見立てた「砂浜美術館」の館長には、人ではなくクジラを任命した。美術館の作品は、潮風でできる砂紋や沖を泳ぐウミガメ、浜を歩くチドリという美術館ならではの発想というわけだ。

砂浜美術館・館長のニタリクジラ
いつも沖から美術館の様子を見守ってくれている

現在、同館の職員として大方ホエールウォッチングを担当するのは、大迫綾美(おおさこあやみ)さん(30)。広島県福山市出身の大迫さんは2014年、まだ20歳の頃にこの町へやってきて、10年。今ではマニアックにクジラを愛している。

大迫綾美さん
大方ホエールウォッチングの本拠地・入野漁港にて

保育園の頃の彼女の夢は、「イルカになりたい」だった。5歳の頃、初めて行った兵庫県の水族館でイルカと出会い、トレーナー体験をしたことで、イルカに夢中になった。それからは「イルカになりたい」という小さな子どもの愛らしい夢が膨らんでいった。小学3年生の時、授業で「将来就きたい職業のことを調べよう」という課題が出された大迫さんは、もちろんイルカに関連する仕事を調べる。そこで見つけたのが、「調教師」という仕事だった。

「その時に初めて『調教師』という仕事があることを知って、そこからはもう、ずーっと調教師になることが夢に。高校を卒業してからも調教師になりたくて専門学校へ進学しました」

高校卒業後、福岡県にある海洋系の専門学校へ通った大迫さん。調教師になるために、野生で暮らすイルカのことを知らなければと、希望者を募り学校が開催していた北海道での研修プログラムへ参加することになった。大迫さんがその後、ホエールウォッチングガイドへと進路を変更する道は、ここから始まることになった。

「10月、1週間、北海道の釧路に行って鯨類調査をしました。船に乗って鯨類を探すという活動は人生で初めて。その時、一番最初に遭遇したのが300頭のカマイルカの群れだったんです。北海道の寒空の下、ダークな海の中から白い模様のカマちゃんたちがいっぱい現れて。その時、遠くの方にもバシャバシャしぶきが見えたんです。そしたら、調査員の人が、『あっちも同じ群れだよ』って。すごく距離があるのに同じ群れっていう衝撃。水族館じゃありえない光景だなって」

あまりの衝撃で今でも鮮明に覚えているという北海道での野生生物たちとの出会い。これがきっかけとなり、「本来私が伝えたい、伝えなければならないのは、こっちの、野生の動物たちのことだな」という思いがわきあがったという。それから、ずっと抱いていた「調教師」という夢は「ガイド」という夢に変わっていった。

十数年抱いた夢が「ガイド」に変わった後、その道はすぐに開けた。

「北海道の研修で出会った調査員の方が、黒潮町のホエールウォッチングの仕事にちょうど空きが出るから推薦をしてくれるってなって。ちょうど水族館からも調教師の話も同時期にあったんですけど、黒潮町での仕事を選びました。十何年間かずっと思い描いていたトレーナーになるという姿を蹴飛ばして、全然知らない自分を想像する時、それはすごく葛藤がありましたけどね」

四国には来たこともなかったという大迫さんが、昔の夢ではなく新しい夢を追いかけるため、知らない土地での人生をスタートさせる決め手となったのは、砂浜美術館の人たちだったという。

「不安はとてもあったけど、人で決めた感じはある。『クジラ』がどうこうではなくて、1週間ほど見学に来た時に、砂美(砂浜美術館)の人たちがすごくあたたかい人たちやったから。『ここなら一人でポンッと来ても、やっていけそうな気がする』と思わせてくれた」

あれから10年。今、大方ホエールウォッチングでは、大迫さんや他の職員、雇用しているガイドさんたちが必ずお客さんたちとともに乗船をし案内をしているが、大迫さんが来た当初の体制はそれとは異なるもので、大迫さんにも「モヤモヤ期」があったという。

「来たばかりの頃は今みたいな形ではなくて、船長さんたちが船を出し、ガイドもする。だから、私は基本的には受付や電話対応などの事務作業。前任の人からの引き継ぎで、沖に出ることはほとんどないと言われていたので、ある程度覚悟はしてたんですけど、実際に来てみたら本当にそうで。お客さんと感動を共感し合うことができなくて、伝えることもできず、悩むこともありました」

それでも、彼女は今、生き生きと仕事をしている。そこに至ったのには、「新しい漁業」としてホエールウォッチングを生業にしてきた漁師さんたちの存在がある。

「漁師さんが船長としてずっとウォッチングのお客さんを案内してくれていたんですけど、漁師のおんちゃんたちって、一見ぶっきらぼうに見えたりもすると思うんです。でも、クジラに対しての愛情がある。クジラに対してちゃんと距離を保つとか、むやみやたらにクジラを追いかけたりしないっていうところを大事にしていて。ウォッチングのルールとして全国的に定められていることはもちろんあるけれど、それだけじゃなくて、気持ちで動いているところはあんまりないんじゃないかなって。クジラに対しての気持ち。海の上では人間よりもクジラ優先やから」

自分が必要とされているかどうかわからず悩んだこともあったけれど、それよりもまずは、この漁師さんたちの姿から勉強したい、そして漁師さんたちのことを支えられるようにと思えるようになり、だんだんと大迫さんのモヤモヤは晴れていった。

今、目の前で話している彼女の表情には、仕事の楽しさとワクワクが詰まっていることが見て取れる。そこには、仕事に対する向き合い方の変化、そして、「砂浜美術館」という考え方への理解の変化が加わっている。

「最初は砂浜美術館という考え方も正直よくわからなかったんやけど、3~4年してからようやく腑に落ちるようになった」

「人と自然のつき合い方」、それは、砂浜美術館が大切にし、考え方を提案しようとしていること。大迫さんにとっても、その考え方がわかるようになり、その考え方を仕事に落とし込めるようになった。

「人間の世界でも同じですけど、相手を知らなければ、その人との付き合い方もわからない。相手を知らずに『多分あの人はこうだから』ってなってしまったら、そこで終わりじゃないですか。そういう部分で、砂美の考え方がウォッチングにもハマってきて。ホエールウォッチングとしてクジラを見に行って、お客さんにも知ってもらう。知ったことで、自然に順応できるようになれば、保護団体とはやり方は違うけど、結果として保護につながるんじゃないかなって」

「保護するためにはこうしなければならない」ではなく、「クジラも人も地球で暮らす生態系の一部であり自分たちもずっと暮らすにはどうすべきか」ということを考えてもらうきっかけにする、それが大方ホエールウォッチングのスタイルであり、砂浜美術館ならではの考え方、手法だと大迫さんは話す。

砂浜美術館の「人と自然のつきあい方」というのは、まずは人間界にも通じること、その当たり前の優しさや思いやりを、自然にも落とし込む、クジラにもそうして接する、そういうことなのかもしれない。

ウォッチング船に乗船し、キラキラとした笑顔でお客さんを案内する大迫さん
海の上が一番彼女を輝かせる

大迫綾美さん
NPO砂浜美術館職員。同館観光部に所属し、大方ホエールウォッチングの主担当として勤務。広島県福山市出身。高校卒業後、福岡ECO動物海洋専門学校へ進学。在学中に北海道で野生の鯨類に出会い、ウォッチングガイドになることを志し、2014年に黒潮町へ移住。それから現在まで、大方ホエールウォッチングの担当としてガイドや鯨類調査に努めるている。

Text Lisa Okamoto

-うみべのあそび