黒潮町有井川地区で仕出しや刺身、惣菜の販売をする「塩田商店」は、現在3代目。創業78年となるこの店を経営するのは、塩田力さん(45)だ。

国道から車で2~3分、山間へ続く道を進むと、静かな住宅地がしばらく続く。塩田商店はその道沿いに位置している。目の前には田んぼや畑が広がり、有井川が流れる穏やかな土地だ。
3代目の力さんは、有井川生まれ・有井川育ち。伊田小学校、大方中学校、そして大方商業高校(現・大方高校)と、18歳までを地元で過ごした。
「いやぁ、もうずっと釣り。中学3年生まではもう釣りばっかり。学校に登校する前に釣り行っちょって、学校から帰ってまた釣り。小学校1年で初めて友だちと夜釣りに行って、親に怒られた記憶がありますね。その時は初めてサバを釣ったがですよ。それで、それを見せるがに喜んで帰ったらしばかれまくって」
当時のことを思い出しながら笑う力さん。
力さんの祖父は山師で、その頃塩田商店は祖母と父が切り盛りをしていた。
「はっきりとは覚えちょらんけど、小さい時から自分も魚切りよったイメージがある。それから小学6年生ばぁの時に、僕が切った刺身をお店で並べた記憶が。それが売れたりしたらまぁ嬉しかったですね。買ってくれた人がまた次に買いに来てくれて『あの時のあれが美味しかった』って言ってくれたりするとまた嬉しかった」

力さんは、高校卒業後、高知市にあるRKC調理製菓専門学校へ進学。包丁の研ぎ方や栄養学などから始まり、和食・洋食・中華と全てのジャンルの料理を一年間かけて学んだ。専門学校を卒業後、力さんはすぐに地元へ戻り、19歳で家業である「塩田商店」を手伝うようになった。
「あの頃は今みたいな仕出しではなかったがですよ。『塩田商店』言う人もおりゃあ、『塩田鮮魚店』言う人もおって。魚だけやなしに食料品や日用品も売りよったし。元々はもう少し上(かみ)の方の店舗でやりよって、平成元年に今のここが建ったけん」
平成元年に現在の場所へ移転してきてからもしばらくの間は、食品も日用品も販売するようないわゆる「商店」のイメージがある店として運営していたというが、力さんの父が亡くなり、運営体制が変わることとなった。
「お父さんが亡くなってからですね。それと、うちは刺身やたたきも出していたんですけど、別の地区で仕出し屋さんをしていたお店がもう辞めるということで、それから一年後くらいにお寿司も始めました。10年前くらいからかな。お惣菜を乗せた皿鉢もその頃から始めましたね」
皿鉢、盛り込み、刺身、たたきなど、法事や節句などのお祝い事に対応している塩田商店。昔は他の地域にも仕出し屋があり、塩田さんの記憶の中でも3~4軒はあったという大方地域の仕出し屋だが、現在はもうほとんどが辞めてしまっているため、塩田商店は地元・有井川のお客さんだけではなく、近隣の地区からも注文が入る。大方地域はもちろん、最近は四万十市や須崎市、高知市からの問い合わせもあるそうで、遠方だと配達料がかかることを説明するけれど、それでも頼んでくれるお客さんまでいるそうだ。それは、仕出し屋が少なくなったことももちろん起因しているはずだけれど、それ以外にも理由がある。
「今はSNSを見て注文してくれる人もいますね。インスタグラムを使こうて写真を投稿したりしているので、それを見てメッセージをくれる人がいたり。皿鉢は隙間のないように盛るので、『昔よりいっぱい入っちょう』とお客さんに言われることもあります。隙間が嫌なんですよね、単純に。お客さんにも喜んでもらいたいし」
力さんの代になってからはSNSでの発信にも力を入れたり、昔以上にお客さんが喜んでくれるようこだわりながら仕事を続けている。そんな力さんの努力がお客さんとの関係性を続けていく大切な要素だろう。

(写真は塩田商店のインスタグラムより)
Photo Aoi Hasimoto
Textr Lisa Okamoto