皿鉢の中に美味しさと喜びを込めて(前編)
黒潮町有井川地区で仕出しや刺身、惣菜の販売をする「塩田商店」は、現在3代目。創業78年となるこの店を経営するのは、塩田力さん(45)だ。 国道から車で2~3分、山間へ続く道を進むと、静かな住宅地がしばらく続く。塩田商店はその道沿いに位置している。目の前には田んぼや畑が広がり、有井川が流れる穏やかな土地だ。 3代目の力さんは、有井川生まれ・有井川育ち。伊田小学校、大方中学校、そして大方商業高校(現・大方高校)と、18歳までを地元で過ごした。 「いやぁ、もうずっと釣り。中学3年生まではもう釣りばっかり。学校に ...
サーフィンのある人生(後編)
日本に来て、30年。黒潮町での生活は20年が経った。 「暮らしで困ったことは?」という質問に対し、「うーん…」と考え込むブルースさん。 「Not really.Kochi and Kuroshio people are very friendly.No problems with people.」(特にはないかな。高知県や黒潮町の人たちはとてもフレンドリーだから。ここに住む人たちとの間に心配事はないよ。) 「若い時よく色々困ったけど、今考えたらそこまでではないかもしれない。市役所とか行ったら大変で。健康保 ...
サーフィンのある人生(前編)
「サーフィンとは、ブルースさんにとってどんな存在?」「It's just life」(人生だね) 海沿いにあるサーフィンスクール「幡多サーフ道場」を営むディロン・ブルースさん。 サーフィンを始めたのは16歳の頃。13歳の時に、ボランティアとしてライフセーバーをしていたブルースさんは、海の安全対策などの勉強をして、良い経験になったという。それをきっかけに海へ行く機会が増え、救急用ボードを使用する機会も増えた。自分のサーフボードを購入し、サーフィンをするようになり、ライフセーバーを辞めた。ゴールドコーストには ...
3つの部会が支える佐賀北部(後編)
50aほどの広さに250本ほどの柚子の木が並ぶ。この管理を行うのが「柚子部会」。「柚子は、(佐賀北部が)立ち上がった時には少々採れよったきね」柚子のみだけでなく、木の間に野菜を植えて、畑を最大限活用していた。 柚子部会で育てた柚子の果汁は、有限会社高知アイス(以下、「高知アイス」)で製造・販売するアイスにも使用されている。その時期、柚子が県内全域で不作だったため、高知アイスが柚子果汁を探しているということを聞き、佐賀北部から交渉に行き、取引が始まる。「高知アイスは社長が佐賀の人やったきね。そんな縁もあって ...
3つの部会が支える佐賀北部(前編)
平成27年1月に「集落活動センター佐賀北部」(以下、「佐賀北部」)が設立された。拠点は黒潮町拳ノ川地区にある。 「集落活動センターを立ち上げる前から、北部活性化推進協議会いうのがあるがですよ」 少子高齢化や人口減少により、地区の疲弊が進む状況から、地域を活性化しようと「黒潮町佐賀北部活性化推進協議会」の活動が始まった。これが現在の佐賀北部の前身である。協議会の会長を努め、現在も佐賀北部の代表を務めるのは、大石正幸さん(82)。 「縫製工場が集落活動センターの近くにあってね。そこに僕らが卒業した中学校があっ ...
「あかつき文学」を広げ、未来へ(後編)
第50回の企画展には太宰治を取り上げた。上林文学を広げるための企画展として、上林暁と太宰治の関係性を展示。当時甲府に住んでいた太宰治。「太宰が上林に『甲府に来たときに私に声をかけてください。案内します』って言うちょう」甲府に行った時の出来事も綴られている。「ピクニックに行ったり、将棋したり、お酒飲んだりして、ずっとお付き合いしようもんで、その都度上林が太宰のこと書いちょう。上林は太宰のことをいっぱい書いちょうけんど、太宰は上林のことを書いてない。しかし、上林のえいところは私小説なんでノンフィクション。あっ ...
「あかつき文学」を広げ、未来へ(前編)
1998年に設立された「大方あかつき館(上林暁文学館)」(以下、「あかつき館」)。 あかつき館の始まりは、以前から町内で活動していた団体や組織から「活動する場が欲しい」との声があがり、複合文化施設として設立することが決まったことにある。 「上林暁※を後世に伝え続けていくためには、記念館ではなく、文学館」という顕彰会の意見があり、文学館として建物を建てることとなった。「記念館は記念で終わってしまうがですよ。上林を記念して終わり。文学館は文学を世に伝え続けていく使命があるので、将来性がある建物」 話をしてくれ ...
自然に囲まれるくらしと「おもしろい」を求めて(後編)
名前の「和や」は和が好きだからという理由だけではない。「和む空間というか、暖簾にも和があるがですけど、みんながここで集まる空間。私、昔行きつけのバーみたいなところがあって、三畳くらいのところに同じ時間帯に知り合いじゃないみんなが集まって話をするがですよ。その店の雰囲気をめざそうと思うてね」営業を始めたときはコロナが流行っていない時期だったため、みんなが集まって和になって話せる空間をめざした。「幡多弁でわやっていろんな意味があって。めちゃくちゃとかね。」少しにぎやかなイメージの幡多弁も取り入れつつ、当初の想 ...
自然に囲まれるくらしと「おもしろい」を求めて(前編)
ここうみべのまちの海で見れるクジラ。それをモチーフに作られた鯛焼きならぬ「くじら焼き」。フォルムが丸く愛らしく作られた「くじら焼き」を提供するのが「甘味処 和や」(以下、「和や」)を営む石川恵里子さん(44)。 東京出身の石川さんは東京の高校を卒業し短大へと進学をした。その後就職し、5年目に小笠原諸島に移住。 東京で生まれ育った石川さんにとって、小笠原諸島は自然が多く、そこでの暮らしに興味が湧いた。しかし、小笠原諸島には船が一週間に一度しか行き来しないため、もしもの際にすぐに実家に戻れないという欠点があっ ...
うみべの物語とこれからに繋げる人の想いが詰まった玉手箱(後編)
紙芝居は、1から自分たちで、制作する。 黒潮町を含め、高知県は紙芝居の文化や、それぞれの地域に残る昔話があるという。「各地に伝わる話はちゃんと語り継がれてきて、それが、地区の財産として残ってきているよね。でも、それはどうしてって話よね。それは、その時の現代を書き残している人がいて、それが何年かの月日を経て私たちの手元で見せていただけているってこと。じゃあ私たちよりも後に生まれた世代の人たちは何を読むのかしら」自分たちは先人が残してくれた文献や資料をもとに紙芝居を作ることができる。では、後人には何を残したら ...









