うみべのごはん

大阪での経験と小さな町に寄り添う変化とともに 無人駅のケーキ屋さん(後編)

「ここでお店を始めたあの当時に来てくれていた高校生たちが、今は大人になって子どもを連れて遊びに来てくれたり、県外から帰省の度に寄ってくれたりする。そういう時は嬉しいなぁ」

山本さんは開業当初の頃を振り返りながらそう笑みを浮かべる。

両親の出身地ではあったものの、ほとんど見知らぬ土地でケーキ屋を始めた山本さん。大阪など関西圏での経験は多く積んでいたものの、「あの頃」のようにはいかないこともたくさんあった。

「ちょっとおごりがあったかもしれん。大阪時代、自分で考えて作ったシュークリームで店には行列ができて、テレビにも出たりとかいう経験があったから、そのシュークリームをこっちでも売ったら、ここらの人には『もの足りん』言われて。向こうでは『口溶け』が求められとったけど、こっちではそうやなかった。慌ててレシピを変えて、値段もそれほど高く取られんし、色々変更したね」

場所が違えば、客層も違う、好みも違う。地元のお客さんの声から現在の「やまもと」の看板商品「シュークリーム」や「プリン」ができあがっていった。

やまもとぷりん
購入時にバーナーで炙ってくれるのが嬉しい

お客さんのおかげでできていった商品は、シュークリームやプリンだけではない。

ミョウガ、ラッキョウ、米、土佐ジローの卵、天日塩・・・。お客さんから「もらいもの」としてや「これ使えんろうか」と野菜などの食品をいただくこともしばしば。それを「お返しに」とケーキを作っていったり、「これはうまい」と商品に使ってみたり。そんなふうにしてできた「やまもと」の商品には、パウンドケーキやバスクチーズケーキなどがある。

「バスクチーズケーキは、東京で流行り始めた頃に、『これなら土佐ジローの卵も使えるし、仕込みも一人でできる』と開発を始めたね。うち、娘はチーズが好きで、息子はチーズが嫌い。ほんなら、『2人ともが食べられるバスクチーズケーキを作ろう』と。チーズの風味もちゃんとするし、卵の味もしっかりする。テレビでも紹介してもらってからは一気に人気が出て、ふるさと納税のリピーターもついてくれている」

予約販売で受付をしているバスクチーズケーキは、プリンやシュークリームについで、今、やまもとの看板商品になっている。一緒に添えられている塩も、黒潮町内の製塩所の「天日塩」を使っていて、始めてその塩を食べた時には「どれも同じやろうと思っていうとったけど、この塩はうまい。衝撃やった」というほど。

その他、どら焼きも数種類
プリンやシュークリーム以外にもアップルパイやエクレアなど
数種類のケーキが並ぶ

「やまもと」では日々数百個のケーキなどを製造しているという山本さん。こだわりは「バランス」。

「僕はバランスにこだわっているんです。『甘すぎないケーキを作る』ってなったら、クリームの砂糖を抜くお店も多いんですけど、そうするとスポンジとのバランスがおかしくなってしまう。料理も一緒ですよね。パスタの上に乗ってるソースだけ食べるかいうたら、違うかなって。ケーキも一緒なんですよ。全てのパーツ含めてひとつのケーキ。それにこだわってますね」

スポンジだけ、クリームだけ、そんな風にケーキを食べるのではなく、しっかりひとつ、味わってほしいという山本さんのケーキへの想いがあらわれている。

だからこそ、自分のお店のケーキだけではなく、甘いものは普段からよく食べるという山本さん。

「まだまだ自分の勉強やと思ってる。『東京の和菓子屋の羊羹が新しく出た』いうたら取り寄せたり、いろんなところのを買って食べて。売り方も、包装も見たり。他のお店でケーキ4つ買ってきたら、4つともその日に食べますわ。好きやし、その日に作られたもんやから、その日に食べなあかんやろ思うて」

何十年経っても勉強する姿勢と、自身が職人であるからこそのお菓子への敬意が表れる。

でも、「山本さんが一番好きなお菓子は?」という問いには、「かっぱえびせんかなぁ」と笑う。笑いながらも、「プッチンプリンにはうちのプリンも負けるしね」と、本当にお菓子が好きなんだなぁと感じさせてくれる。

山本さんが黒潮町へ来て変化したのは、地元の客層に合わせた商品作りだけではない。自身の子どもとの関わりや、ケーキ屋以外の暮らしの部分でも変化があった。

「大阪時代は、朝4時には起きて出勤して、帰ってくるのは深夜1時。子どもたちは父親の仕事が『パティシエ』ということはわかっていたと思うけど、何をしてるのかはわかっていなかったんやないかな。でも、ここで店を始めてからは、子どもたちが小さい頃、お客さんが荷物を持ってたらドアを開けて『ありがとうございました』なんか言ったりして、よく仕事場をうろうろしてた。ほんなら知らん間に100円握っとったり」

時間的な余裕と、いい意味での海辺のゆるさが家族との時間を変えてくれた。

また、山本さん自身が海辺の暮らしを楽しんでいることは、釣り。

朝4時、一度出勤をしてオーブンのスイッチを入れ、あたためている間に近くの港にイカを釣りに行く。たった30分ほどの仕事前の時間を楽しみ、帰ってきていざ、本格的にその日の仕事が始まっていく。

「朝、仕事前に釣りして、それから帰ってきて仕事して。そんなんできるいうのはね、こっちの良さやね。同じ駅で営業しているコーヒー屋さんや焼き鳥屋さんには、『イカ釣ったから持って帰って』とかいう時も。大阪にいた頃は趣味も無しやったし、時間あったらケーキのこと考えたりしとったから。そんな楽しみができるのはええね」

夜明け前、朝日が上がってくる瞬間を港で過ごすケーキ屋さん。

「最近テレビで放送してるドラマの中で『ブルーモーメント』いう時間があるってやっとったけど、あの時間、大体いつも海におるんですよ。『これがブルーモーメントなのか』って最近。それよりも、もうちょっとしたら真っ赤っかになってくる方が綺麗やなあとか。『最近は海が汚れてきた』とかって言うおんちゃんもおるけど、僕からしたら真っ青やしね」

ケーキに人生を注ぎ、今も同じようにケーキを作り続ける山本さんだけれど、それだけじゃない暮らしも加わった。

「(この町は)気がほっとできる場所がいっぱいあるいう感じかな。何かにつけて。深呼吸してもうまい」

ここでの暮らしを楽しみながら、今日も小さな無人駅で。ケーキを作っていく。

店頭に立ち笑顔を浮かべる山本さん

ケーキの職人やまもと
土佐入野駅に店を構え、洋菓子・焼き菓子などのお菓子を販売。地元の人だけではなく町外・県外からもお客さんが訪れる。看板商品はプリン、シュークリームに加え、近年はバスクチーズケーキ(予約制)も人気。

text Lisa Okamoto

-うみべのごはん