うみべのいやし

お魚が繋いでくれたご縁(前編)

漁師町・佐賀の早朝6時。
漁船と鹿島の向こうに眩しい朝日が昇る。

漁師の家に泊まって、
漁師の家のありのままの暮らしを体験する。

2009年当時、町内に7軒あった漁家民宿は
今、1軒だけとなった。

「漁家民宿おおまち」は、
その最後の1軒。

「両隣も向かいの家も、みーんな漁師よ」。
漁師町の一角で、
明神好久(73)・妙子(71)夫妻と
猫たちが迎えてくれる。

「どいてここを取材しようと思うたがぁ?」
なんて不思議そうにしているけど、
お母さんが教えてくれる話には
ストーリーが詰まりに詰まっている。

「漁家民宿おおまち」の明神好久・妙子夫妻。
おんちゃんが釣ったカツオを手に。
魚の匂いにつられて寄ってくる猫たち。
漁師町らしい光景。

町内で漁家民宿が盛り上がったのは
2009年。

当時、修学旅行の形態が変わり、
観光だけではなく
地域の文化や暮らしを体験する形になっていた。

そんな時、漁師町らしい
「カツオの藁焼き体験」をする施設は
あったものの、
近くに宿泊ができる場所は1軒しかなく、
夜は隣町や高知市内に行ってしまう。

「せっかく藁焼き体験をしたのによね。
その後さらに地域の人たちと
触れ合う機会がなかったがよね」

町やすでにあった民宿施設が
その状況を何とかするために
「漁家民宿をやろう」ということになり、
明神夫妻に声がかかる。

「うちは普通の漁師のちっさい家やきねえ。
お客さん泊める言うたちと思うわねぇ。
でも、おばちゃんは元々保育士をしよったき
子どもは好きやきね。
「子どもに美味しい魚を食べらしてあげたい」とか
「おんちゃんに竹竿の作り方を
教えてもろうたらえいがやない」とか
そんな思いがあったがよ」

それから「漁家民宿おおまち」はスタートする。

「小学5・6年生の子らあが
夜、妙に静かになった思うて。
そしたら、
2階のテラスに寝転んで星見よったりね。
「あんまり星がきれいやき」いうて。

ここへ来る前にバス酔いしちょったに、
「あんまりカツオが美味しいがに
食べてしもうた」
なんていう子もおった」

おおまちの壁には、
いたるところに
お客さんからの手紙が貼ってある。

子どもたちの
「美味しい」「ありがとう」
という声に勇気づけられ、
「これだったらできる」、
2人はそう思えるようになり
受け入れる客層の幅も広がっていった。

ろう下や洗面所、和室などいたるところに貼られている
お客さんからの数多くの手紙。

そんなこれまでのエピソードを
おばちゃんから聞いていると、

「おおまちの魚、食べませんかぁ?
食べながら取材やりや」

おんちゃんが
綺麗に捌いてお皿に並べた
刺身を持ってきてくれた。

「ビンタ言うてね、キハダマグロの子ども。
ビールはおまん、仕事中やき飲まれんじゃろ?
おいちゃん飲むで」

キハダマグロの子ども「ビンタ」。
もっちりとしていて美味しい。

午前2時半から
お客さんのために船に乗り
魚を釣りに行っていたおんちゃんにとって
夕方4時はもう夜。くたくたなんだろうな。
”どうぞどうぞ。飲んで、飲んで”。

ところで、明神夫妻なのに、
なんで「おおまち」なんだろう?

「民話になるがやけどね」
と話してくれたのは、
大町九兵衛(おおまちくへえ)さん
という人のこと。

まだ漁師町に港もないくらい昔のこと。

みんなが半農半漁で生活していた頃、
日照り続きで不作で困っていた時、
みんなで雨乞いをしていると
大きな被害を受けるほどの台風に。

その後、流れ着いた大きな木。

船を作るにはとても良い材料となることから
住民たちはその木材を持って帰ったそう。

でも、この立派な木が
実はお上のものであったことから
責められることに。

そんな時、
「大町九兵衛さんが、
「かまんき。わしが全部責任をもつき。
これで船を作ってくれ」いうて
漁民たちは船を作ったらしいがよ。
で、漁民たちは今度は自分たちが大町さんを
どうにかお上から助けないかんいうて。
でも、許しの知らせが届く前に
切腹していて間に合わんかった」
おんちゃんは話す。

「やっぱり漁師にとっては神様だった人やきね。
大町さんは子孫も何もおらん人やきね。
やっぱりこのことを代々残すためにも
一役買いたいなって。
近所の人らあも
「おおまちにしちゃったらえいがやない?」
言うてくれて。
漁師の神様(かみさん)やねえ」
と、おばちゃん。

「この人は私のおかみさんやけんど」
すかさずおんちゃんが冗談を入れる。

この町の漁師や、漁師町を助けてくれた
大町九兵衛さんという存在を大事にして
つないできた民宿「おおまち」。

お客さんが泊まる部屋には
「からくさ乃間」という名前が付いている。

1階にある客室「からくさ乃間」。
ここでたくさんのお客さんとのご縁がつながっていく。

「役場の人がね、
民宿やるがやったら
お客さんが寝る部屋に
名前をつけたほうがえいがやない?いうて。
「どいたぁ。そんなこともせないかんがかぁ」
なんて思うてよ。
ほいたら結局、お客さんがここへ来て、
おんちゃんおばちゃんらあと一緒に話して、
ずーっとここでつながっていく。
お魚が結んでくれたご縁やに」

だから、唐草の間。
つるが絡まりどこまでも伸びていく。

おんちゃんおばちゃん2人の人柄からも
「一期一会」のその出会いを
とても大切にしていることがわかる。

「まあ食べ。仕事は休んでよね。
今日はこれでもう終わりじゃろう?
ゆっくりやり。食べ。
足ららったらまた切っちゃう」

漁師町の人らしいテンポの良いおしゃべりを
必死で書き留める私に、
おんちゃんがやさしく声をかける。

仕事は抜きに、
焦らずゆっくり、泊まりに来たいな。

-後編に続く-

漁家民宿おおまち」(黒潮町佐賀796-1)
2009年開業。現役漁師の家の暮らしをそのまま体感できる民宿。朝夕には、おんちゃんが釣って来た魚料理やおばちゃんの手料理など、漁師町ならではのごちそうを味わうことができ、カツオの藁焼き体験も可能。港へは徒歩3分ほどで、早朝にはおんちゃん手作りの竹竿で釣りの体験もさせてもらえる。予約は電話(0880-55-2353)で1週間前までに。

text Lisa Okamoto

-うみべのいやし