50aほどの広さに250本ほどの柚子の木が並ぶ。
この管理を行うのが「柚子部会」。
「柚子は、(佐賀北部が)立ち上がった時には少々採れよったきね」
柚子のみだけでなく、木の間に野菜を植えて、畑を最大限活用していた。
柚子部会で育てた柚子の果汁は、有限会社高知アイス(以下、「高知アイス」)で製造・販売するアイスにも使用されている。
その時期、柚子が県内全域で不作だったため、高知アイスが柚子果汁を探しているということを聞き、佐賀北部から交渉に行き、取引が始まる。
「高知アイスは社長が佐賀の人やったきね。そんな縁もあってね」
このきっかけがあったおかげで、今も活動を続けられている。
「自分が来た時には柚子果汁の出荷先はもう高知アイスになってましたね。今の販路のメインは給食センターと高知アイスですね」
佐賀北部で集落支援員として活動する藤崎毅さんが教えてくれる。

収穫された柚子は、給食にも使用されていて、3つの部会の1つでもある食部会でもお弁当を作る際に使用している。
「前はマーケットでも柚子を販売しよったんですけど、今はマーケットでは全然売りよらん」(藤崎さん)
地元の人は大体の人が自分で1~2本柚子の木を所有しているため、地元の人が買いに来ることはあまりない。
そのため、地元で消費するだけではなく、町外でも手に取ることのできるアイスなどにも使用されている。
そしてもうひとつの部会「若山楮部会」。
楮の畑は30aほどある。

「元々田んぼやったところに木が生えたり、竹や椿、クズバカズラなどが繁茂したりして、人が入れるようなもんじゃなかったけんど、焼いて畑に戻してね」(大石さん)
荒れ地となっていた場所を元に戻し、この場所に楮の苗を植える。
楮は刈らずに数年経つと木質化が進み硬い繊維になる。
和紙に使われる原料は、柔らかい繊維のものが良いため、楮は1年に1回刈り取りを行う。
1年だけでも立派に伸びた木を刈り取るのもまた大変である。
12月になり、立派になった木を切り、束にする。
窯に水を張って楮を入れ、2時間半ほど蒸す。
「むしこみとか、むしあげとか言います」(藤崎さん)
蒸された楮は冷めないうちに布をかける。
「こうしないとね、うまく剥げなくなってきちゃって指が痛くなる」(藤崎さん)
ひとつひとつの工程に意味があり、紙になるまでの道のりを教えてくれる。
「紙は繊維だけじゃできないんで、とろろあおいが繋ぎなんですよ。根っこの中に成分が入っていて、それを叩いているうちにすごいどろどろになる。どろどろにしないと、あとの紙漉きの時に繊維がうまく絡まないんですよ」(藤崎さん)
紙を作るのもまたひとつの技術であることが分かる。


「今はね、京都の紙屋さんに送りよう」
出来上がった紙は町外に出しているとのこと。
この楮を使って、18年前から地元の小学校の学生が、自分で卒業証書を作るという取組もしている。
「拳ノ川小学校で楮の畑を持っちょうがよ。授業の合間に生徒が草を引いたり、芽かきしたりね。小学生の育てた楮は一番ようできちょうなって思うて見るがやけどね(笑)それで、自分らで紙を漉いて、卒業証書を作る」(大石さん)
拳ノ川小学校や佐賀小学校での卒業式では、自分で楮を育てて作った卒業証書をもらう。
「世界に1つしかない。子どもらにとってえい思い出やと思うけどね」(大石さん)
生徒にとって思い出とともに形としても残る。
これら三つの活動を続ける佐賀北部。
「絶対必要な施設じゃろうけんど、地域の人の避難場所にもならないかんろうし、地域の人らがよってきて、ここで話し合いをしたり、相手のことを知りたい時に交流の場にしたりもあるろうけんよ。そんなことに利用してもろうたらえい思う」
集落活動センターを交流する場として利用してくれたらと考える。
ここの施設を使用して定例会を毎月していたが、年数を重ねるごとに会の実施回数も少なくなっていき、参加人数も減ってきている。
「人は少なくなって寂しいもんじゃけん。人を集める方法がありゃあえいけんどね」
少子高齢化が進み、若い人も減っていく中で会への参加が難しいメンバーもいる。
「後継者の問題やね。後継者がなんぼでもおるっちゅうがやったらえいけんど。そこが一番の悩みやね」
そんな悩みがある中で、高知大学の地域共同学部の大学生がフィールドワークとして、佐賀北部に来る。
「大学生が来てくれたら楮の刈り取りをしてもらったりね。柚子を採ったり、搾汁をしたり、一緒に活動しよう時は若い方と一緒やけん力をもらえるというかね、若返る(笑)今後も大学との関わりは継続できたら」
大学生は楮や柚子の手伝いのほか、水曜日には拳ノ川小学校に行き、子どもの宿題を見たり、学校での催し物をしたりして活動をしている。
手伝いをしてくれる人材や関係を持つことは地域のためにも今後も必要と考える。
昔、夏祭りが行われていた。
「前から踊りや歌を歌うてくれる人がおってね。その人のお姉さんが『踊りをやる。夏祭りをやる』いうて、初めてやったきね。『一緒にやろうか』ってね。それからしばらく続いたけんどね、コロナになってできんなって」
毎年行われていた夏祭りは、新型コロナウイルスの影響もあり開催を中止にしていたが、昨年復活をした。
「花火も本格的な花火でね。にぎやかになるね。夏祭りでもしたら地域が盛り上がる」
地域を盛り上げるために行われるイベントが再開し、佐賀北部に再び活気がつく。
今後、人が減っていく中でどう対応していくか。
今あるつながりは続けて、新たなつながりを求めて。
集落活動センター佐賀北部
旧拳ノ川保育所を拠点に、平成27年に集落活動センター佐賀北部が設立。「食部会」、「柚子部会」、「若山楮部会」の三つの部会で活動を行っている。年に1度行われている盆踊りと花火大会、「居酒屋こぶし」も新型コロナウイルスの影響で中止を余儀なくされていたが、令和6年・7年から復活。
「さが谷三里マーケット」は毎週木曜日と金曜日に開催。その他お弁当の注文も受け付けている。
text Aoi Hashimoto