1998年に設立された「大方あかつき館(上林暁文学館)」(以下、「あかつき館」)。
あかつき館の始まりは、以前から町内で活動していた団体や組織から「活動する場が欲しい」との声があがり、複合文化施設として設立することが決まったことにある。
「上林暁※を後世に伝え続けていくためには、記念館ではなく、文学館」という顕彰会の意見があり、文学館として建物を建てることとなった。
「記念館は記念で終わってしまうがですよ。上林を記念して終わり。文学館は文学を世に伝え続けていく使命があるので、将来性がある建物」
話をしてくれるのは現在あかつき館で館長を務める武政登さん(69)。

あかつき館の建築を計画した際、武政さんは役場の教育委員会へ所属していた。
「『なんで俺が教育委員会へ配属に?』て思うたら『あかつき館を建築するのでその担当を』ということやって」
教育委員会への配属が決まる前は産業振興課で圃場整備等をしていて、以前技術志望として役場に就職した武政さん。技術職とはほど遠い教育委員会への所属が決まった際には疑問を持った。しかし、あかつき館の建築、上林暁文学館整備事業の担当となり、納得がいった。
現在あかつき館が建っているこの場所には旧中学校の体育館が建っていた。
「まずは、更地にして、ここは高知県の土地なので、土地の使用許可など、クリアしなければいけない課題が複数あって、それら全部解除しないと建物が建てられないんで」
建築に移るまでにもたくさんの過程があり、それを終えた後、ようやく設計して工事が始まった。
「図書館、文学館を立ち上げてからは、私自身はこことの縁がほとんどなくなっていたので。どういうめぐり合わせか分からんけど、ここにもんてきた(※)」
建築に携わり、完成後は「あかつき館」と関りがなくなっていた武政さんだが、前館長が町長選に出馬することで退任となり、その際に、「あとは頼む」と任され、今こうして館長として話をしてくれる。
「あかつき館」の建築に関わっている武政さんは、どこの場所になにがあるのかを把握しているため、マニュアルを見るよりも先に行動をすることができると話す。
「実はここ調理室やったが。ここに大きい厨房があったけど、2階なので材料の搬入なんかに使い勝手が悪くて、結局利用されなくなって。ずっと放置されたままになっていたのを改良して造られたのが資料室で、今はご覧の通り、館長室」
取材に伺った際に入らせていただいた部屋は、今ではワークスペースになっているが、よく周りを見ると、流し台がひとつ残っていた。
「いろんな計画をして造ってきたけれども、施設を利用していく上でどうしても不具合が出てくるんで。その時代に沿った使い方をしていくと、どうしても改良していかないかんところができてくる」
その中でも、当時から残り続ける図書館。「文化に触れる施設」。
「ここ、ライフラインには直結せんがよね。『なくてはならないか』と言われたら、なくてもえいがかもしれん。でも、図書館を作ったときにびっくりしたがは、放課後、子どもたちがドカーッと来るがよ。いろんな場所で本を読みようがやけん。そこで本に関心を持ってもろうた子たちが、世に出て行って。図書館は正解やったね」
図書館はなくても困らないものかもしれないが、その中にも、本を求めて図書館に来る人がいる。


今はインターネットが普及し、簡単に所蔵の検索ができる。
「所蔵の情報をネットで見るだけやのうて、実際に本を手に取ってページをめくっていくその楽しみ方いうがは不変的なもので、本は残るものやけん、初めて本を手にするお子さんへそのことを伝えていく」
1歳6カ月検診に本を渡すサービスを実施し、子どもたちが本に馴染む機会を提供している。
「一時期ある本が好きになって。その本は1ページに2段書きの文字量の多いタイプ。そのタイプの厚い本が好きなんで。最初は『こんなに読める?』思うて読み始めて、明日はどこまで読もうか思うて。それが好きですね」
上林暁の本ではないが、「あまり本は好きじゃない」と言いつつも本について語ってくれる。
上林暁の本もあかつき館に来てから読むようになったという。
そして、その上林暁を世に残していく建物「上林暁文学館」としての活動がある。
「企画展3回と文学講座4回が一年間の活動の中で必須なので、いろいろ知恵を出しながら企画を練って頑張りよう」
あかつき館の管理に加え、企画もしている。
「企画展は館長が考えるので、その時々の館長のカラーが出るがよ。自分はどっちかというとバラエティ派やけん、「上林を楽しく紹介したい」みたいな。切り口はそんなとこやね」
館長が変わっていく中でその都度企画展の伝え方が変わってくるという。
伝え方は違えど、どの企画にも小説を読んでいるからこそ分かることがあって、その内容が面白いからたくさんの方にも知ってもらいたいという気持ちがある。
「こうして今、上林を知らん人が上林を知って、どこか機会で本を読んでもらえたら」
上林暁のことを多く語ってくれる武政さん。
上林暁について知らない人でも、楽しそうに話してくれる武政さんを見れば、自然と興味が湧いてくる。

避難タワーが併設されている
※上林暁……旧田ノ口村(現在黒潮町)で生まれ育った小説家。
※もんてきた……土佐弁で「帰ってくる」などの意
大方あかつき館(上林暁文学館)
図書館、上林暁文学館、ホール、会議室、あかつきシアターを備える複合施設。基本は木曜日が休館日。年に3回の企画展と4回の文学講座を開催。
text Aoi Hashimoto