うみべのえがお

うみべの町職員 Vol.2 「フィールドは変わっても。昔もこれからも、ここで」

「職員募集の締切の日に応募書類を出しました。ギリギリ。『今日出さな間に合わんぞ』っていうタイミングで。とんくんの最後の推しがなかったら、そのままスルーしちょったかな」

2022年に黒潮町役場へ入庁し、現在2年目。農業振興課で働く谷一洋(かつひろ)さん(38)は、前回の記事で紹介した喜多豊浩さん(とんくん)の昔からの後輩にあたる。柔らかで人当たりが心地よい人だ。

黒潮町役場農業振興課2年目の谷一洋さん

佐賀で生まれ育った谷さんは、宿毛工業高校を卒業後、JAに就職した。「地元にいたい」、そんな思いからだった。

「高校は土木科におったがですけど、体力面とか屋外での仕事は自分には向いてないやろうと。『地元におりたい』っていう気持ちが先にあったので、JAを受けて合格して」

18歳で地元・佐賀のJAで働き始め、それから18年間勤めた。その間、経験したことはたくさんある。野菜の販売、米の検査員、フォークリフトに乗ったり、ガソリンスタンド、保険や融資など、役場の職員にも数年ごとの異動がつきものだけれど、JA時代にも「転職」と思えるようなさまざまな分野を歩いてきた。

「地元やけど、入った時には全然知らん職員の人ばっかりやったがです。でも、お客さんは町内の人なので知っちょったり。それがやりにくいって言う人もおりますけど、逆に僕はやりやすかったかな。気を遣わんかったがかな」

「地元を出たことがない」という谷さん。「地元におりたいという気持ちが先やった」という谷さん。知っている人に囲まれた職場は居心地が良かった。

でも、17年目に入り、異動によって隣町へ離れることとなった。

「ちょっと違うなと思い始めて・・・。それで、辞めたいなとなった時に、次を考えよって、他にも候補があったがですけど、とんくんが『受けや』っていう話をしてくれて」

既に10年以上勤務していた喜多さんから「役場職員」という選択肢を投げかけられ、しばらく迷った。他の選択肢もあり、その後も考えていたけれど、役場職員採用試験の募集締切の前日、たまたま谷さんの奥さんがスーパーで喜多さんと遭遇し、「(谷さんにもう一度)言うちょってや」と声をかけられたことが最後の後押しとなった。

その後、試験までの短い期間で公務員試験の勉強をし、本人も「まさか受かるとは」思っていなかったけれど無事に合格。昨年春に地元の町役場で働くこととなった。

配属された部署は農業振興課。JAで勤めていた経験もあり、「予想していた通り。多分そうだろうなって」と思っていたと谷さん。

主な仕事は地域に対する交付金の事務や集落営農の支援。工作条件が不利と言われる中山間の地域に対して、国からの交付金を受け取れるよう事務的な手続きなどを行なっている。

それに加えて、研究会とともに産地化をめざし力を入れている「グリーンレモン」の取組にも思い入れがある。

「前任から引き継いでグリーンレモンの振興にも携わっています。『黒潮グリーンレモン研究会』っていう組織があるがですけど、その方たちが市場へ視察をしたり、市場の関係者を呼んで勉強をしたりっていうところへの補助だったり。あとは、『グリーンレモンマップ』と言って、町内でグリーンレモンを使っている飲食店を紹介する地図など、販促物への補助もしたりしています」

研究会に所属する人など、農家との関わりを「楽しい」と話す谷さん。仕事のやりがいもそこにあるという。

「交付金の関係も、農家さんが『ありがたい』って言うてくれるがですよ。そうやって、直接的に喜んでもらえるというか、そう言ってもらえると、『やらないかんな』って、やっぱり思いますよね」

グリーンレモン農家の金子俊博さんのハウスを訪ねる谷さん(左)と金子さん(右)
以前掲載した金子さんの記事はこちらから

JAでの経験があるからこそ、役場での農業の仕事も円滑に進んでいるように見える。

「役場に入る前から、佐賀地区で言えば、農地もある程度わかる。農業をされている方もある程度わかる。なので、そこはやっぱり、JAに入った頃、地元の人を知っていてやりやすかったように、役場に入ってからもやりやすかったがは一緒ですね。経験が活きちょうなと」

だからこそ、役場という新しいフィールドでの仕事も入りやすかった。でも、谷さんの思いはそれだけではない。

「以前の仕事が活きちょう言うても、やっぱりやりゆうことって全然違うので。知識やったり経験っていうのは、全然足りていないって思うちょります。だから、今のところ『異動したいな』っていうのもないです。むしろもうちょっとおらせてもらって経験を積みたいですよね」

笑顔で話す谷さんの持ち前の真面目さと優しさが伝わってくる。

取材に笑顔で答える谷さん

仕事場を離れれば2児の父という谷さん。佐賀で生まれ育ち、自身の子もまた、佐賀で育っている。上は中学2年生、下は小学5年生と、役場ではまだまだ新人のポジションだけれど、お父さん歴はもう10年以上が経つ。

「役場の職員である前に一住民でもありますもんね」と笑う谷さん。大好きな地元だけれど、子育てをする親として、また、子どもたちにサッカーを教えていたことがある立場としても、若者たちへの思いがある。

「自然が豊かで、子どもを遊ばすところがあってっていうのはえいがですけど、習い事とか、やっぱり子どもがやりたいと思うことをもっとやらせてあげられる環境が増えていったらいいなと思いますね」

それでも、町外へ出て行きたいという気持ち、選択肢は今もない。

「不満がないっていうがかな。もちろん不便なこととか、都会に行ったら便利っていうのはもちろんあるがでしょうけど。なぜかって言われるとなんとも・・・。不便ながも当たり前で、無いものに対して欲がないがかな。それが良いか悪いかわからんですけどね」

谷さんが「もっとこんな町になったら良い」と考えた時に話すことは、「便利さ」を求めたものではなく、「それぞれの幸せ」。足りないものを言ったらキリがない。欲を出したらキリがない。

「結局、個人が幸せに思うか、満足しているか。そこながかなと思うがですよ」

子どもを囲う環境に思うことはある。それでも、夏になれば自身が過ごした幼少期と同じように、佐賀の浜へ、川へ、子どもたちと出かけ、自然の中で遊ぶ。そこに変わりはない。

「大月町の柏島も綺麗で人気やけど、天気がえい時の、凪いだ時とか、塩屋の浜もだいぶ綺麗やと思うちょうので」

天気が良い夏の塩屋の浜はどこのビーチにも負けない美しさ

今も昔も変わらず、この場所で生きてきたから、生きているから。足りないものも、無い。変わらずこの地元で。

「一人一人の満足度が上がるって言うのが理想かな。じゃあ、何をどうしたらいいかって言うのを自分らが考えないかんなって」

うみべの町のひとりとして、役場職員として、これからも。

谷一洋さん(38)
黒潮町役場職員。農業振興課に所属し2年目。佐賀地区で生まれ育ち、前職はJAに勤務。退職を考えていた時に地元の先輩でもある職員に声をかけてもらったことがきっかけで役場の試験に挑む。2児の父親で少年サッカーの指導をしていたことも。

text Lisa Okamoto

-うみべのえがお